*妊活*マイノリティリポート

重度の男性不妊の夫と私の記録。奇跡の自然妊娠からの死産(後期流産)。再び妊活へ

転院

またまたお久しぶりです。

今年は雨の多い梅雨ですね。

何だかんだ毎年このくらいの時期は忙しく、要領の悪い私はバタバタしていますが…💧

少しずつ書いていきたいと思います。

 

 

 

※これは2017年夏頃の話です。

 

検査結果ゼロから少しでも希望をと行った転院先は男性不妊の専門医もいて、夫婦両方診察、治療ができる大きな病院でした。

今まではなんとなく“早く欲しいなぁ”という思いで予約もなしで土曜診療もしている気軽に行ける産婦人科でしたが、今度は予約なしでは見てもらえないラストの診察が16:30、平日のみという病院。

私の仕事はシフト制なので急な休みを取るのはなかなか厳しく、初診は仕事が休みの日に行きました。夫とは休みを合わすことができなかったので、それぞれ初診をうけました。

 

私の初診は内診をして、今後の治療の流れを確認したような気がします。前の病院でも全ての検査を受けたわけではなかったので、また一つずつ私の体も検査をして原因を探っていくことになりました。

夫への報告

いやぁー、自分でもびっくりするくらい遅筆ですね。そして進む現在進行形の妊活。

なかなか追いつけなさそうですが、少しでもギャップが埋められるよう書いていきます。

 

 

※これは2017年夏頃のお話です。

 

夫にはその日受診すること、夫の結果がわかることは伝えてありました。しかし、帰宅した夫は全くそこには触れずいつも通り。

なかなか聞きたくないのか、はたまた単純に忘れているのか…。

事の重大さに私もずっと黙っていることもできず、自分から話を切り出しました。

 

なんとなく、嫌な話だけにしたくないなぁと思い「良い話と悪い話どちらから聞きたい?」と夫に確認したような気がします。(良い話は何をしたか覚えてないけど…)

 

検査結果が書いてある紙をみて「ゼロ?!」と夫もびっくり。

専門の病院できちんと検査をしてもらう必要があること、転院先がたまたま家の近くだったこと、予約が必要なので早めに電話をした方がいいことなどなどを伝えました。

 

夫は「ゼロかぁ〜」と言いつつも、まぁどうにかなるでしょという感じで(ショックを隠すためだったかもしれません)話していました。

私は結果を聞いてまず最初に考えたのは“養子”でした。以前から里親や養子縁組のことは関心があり、それも選択肢としてありだと思ったからです。でもまずは、検査を受けてみないと分からない。まぁなんとかなるのかな。と私もどこか楽観的に考えていたように思います。

 

眠れない夜

先日息子の1歳の誕生日を迎えました。

 

 

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夫と2人でささやかなお祝いをしました。

 

その1週間ほど前には、一周忌の法要もしました。

 

一区切りと少し晴れやかな思いでいましたが、またまたヤツがきてどん底です。

悲しくて、寂しくてたまらない。

今夜はなかなか眠れなそうです。

ゼロ

気がつけば年号が変わり、長いはずのGWが終わり…。

明日から仕事、憂鬱です。半分以上をダラダラと過ごしてしまった連休でした…。

 

※これは2017年8月ごろの話です

私の検査が一通り終わり、タイミングを見てもらうもなかなか結果が出ず。じゃあ旦那さんもと、夫の検査は渡された容器に家で取ったものを入れて私が病院に持って行きました。ネットを見ると人肌で持っていくと…などなど書いてありましたが、夏場だったこともあり大丈夫かなぁとそのままカバンに入れて運びました。

 

後日、私の診察と検査結果を聞きに1人で病院へ。先生から差し出された紙には0の数字が。

先生は言いにくそうにこれからのことを話してくれたのですが、私はそこまで深刻なことだとは感じておらず。あーだから出来なかったんだと妙に納得して安心したのを覚えています。

 

通ってた病院は不妊に特化していたわけではなく、男性不妊は別の病院で診てもらわないといけないとのことで、紹介状を書いてもらいました。男性不妊を専門にしているところはあまりないそうで、たまたま家の近くの病院がやっていたのでそこへの紹介状を書いてもらいました。

 

診察が終わり、待合室にいくと看護師さんが心配そうに声をかけてきて、転院のことなど教えてくれました。すごく気を使われているのが分かりゼロってやっぱり大変なことなんだとあらためて思いながら帰宅しました。

いざ受診

※これは2017年3月〜の話です。

 

初めて行った病院は不妊専門ではなく産婦人科

出産は扱わないけど、妊婦検診を行なっているので、普通に妊婦さんもきます。妊婦さんを見るのは辛いという方もいますが、この時の私はまだそこまで深く考えておらず、逆に妊婦さんが身近にいた方がいい刺激をもらえるのではないかくらいに思っていました。

 

基礎体温を測っていたので、卵胞チェックをしてもらいタイミングを見てもらいながら血液検査など少しずつ検査を始めました。

色々検査をしていくと、『プロラクチン』の値が少し高いことが判明。ここからテルロンの服用が始まります。

 

しかし、このテルロン。就寝前に飲む、というものでうっかり飲み忘れることも多く…。じゃあ飲み忘れないようにと食後に飲んだら副作用で吐き気が。最初は一回一錠飲んでいたのですが副作用が出たことを伝えると一回半錠に減りました。それでもやっぱり副作用が怖くて。寝るギリギリに飲もうと思うと飲みそびれるという悪循環でした。(私の寝落ち率の高さも影響していますが…)

 

3.4回タイミングを見てもらったころ、「旦那さんも検査してみますか?」とのことで、ついにきた!と思いながら例の容器をもらって帰宅しました。色んな方のブログなどをみていると、最初は嫌がられることも多いようだったのでドキドキしながら夫に検査をしてみないかと伝えました。すると、拍子抜けするくらいあっさりのOKでした。

妊活経過

年度末、新年度のバタバタでなかなか書けず…。

とっても遅筆ですが、少しずつ書いていきます!

 

※これは2016年11月〜のお話です。

 

タイミングを取り始めてすぐに出来たという友だちの言葉に私も期待し、基礎体温を測り、アプリを見てタイミングを取りますが、元々そこまで回数が多くなかった私たち。排卵の前後1.2回という状態ということもあり、なかなか結果が出ず。私自身、子宮頸がん検診に行った際に卵巣嚢腫があると言われていたので、やっぱり出来にくいのかなと少し心配していました。

 

不妊の定義は1年”とも聞いていましたが、ギリギリ20代だった私は、あんまりのんびりもしていられないなぁと思い半年経った頃に病院に行ってみることにしました。まずは自分の体の状態をきちんと知り、タイミングが合ってるか見てもらおう、くらいの軽い気持ちで予約せず仕事帰りにも行けそうな家から比較的近い産婦人科を選び行き始めました。

 

妊活のはじまり

※これは少し前の話です。

 

2016年6月に結婚した私たちでしたが、保育士の私はこの年、年長クラスを担任していました。結婚したらすぐにでも子どもが欲しいかったので本当は乳児で複数担任を希望していたのですが、叶わず。上も多少は配慮してくれて2人担任だったので最悪途中で抜けても大丈夫という状態でした。

それでも、年長の担任なのに途中で抜けることになるのは無責任ではないかという思いもあり、大きな行事の目処もついた11月頃、基礎体温を測りながら妊活を始めました。

 

すでに2人の子どもを産んだ友だちから「もう使うことはないと思うから」とほとんど使っていない(友だちは1人目は2回、2人目は1回のタイミングで授かった)基礎体温計と使用期限が2018年2月まで妊娠検査薬を譲りうけ、よく分からないながらも基礎体温をつけてルナルナのアプリを使いタイミングを取り始めました。